最近の社会問題のひとつに『勝ち組』と『負け組』の二極対立ができ、年間所得の格差が問題となっている。『勝ち組』はいいが、『負け組』の年収は200万円にも満たないと云われている。この金額も平均的な相場だから、100万円にも満たないフリーターがいるのは間違いない。
拙者の本業は芸人であるが、この十三年間での平均年収はたぶん50万円に満たなかったのではなかろうか。だから副業が大きな収入源になる訳。
20年ほど前から、ストリップ劇場にも、生粋の踊り子さんのほかに、当時台頭してきたアダルトビデオの世界からの転向組が登場し始め人気をさらっていった。大阪・十三ミュージックに出演した愛染恭子などはかなり話題にもなった。他にも、数え上げればきりがないほどのAV女優がストリッパーとして舞台デビューし、本職の踊り子さんたちはリストラにあうなんて話もあった。
先日、白血病のために他界された反戦ストリッパーの沢口友美さんから聞いた話だと、踊り子さんのギャラは日当12,000円だという。拙者が以前付き合っていた踊り子は日当30,000円。十日興行だから、楽日に三十万の支給があった。このうち、所属事務所・劇場にマージンとして一割返還しなければならないが、それでもひと月フルに稼動すれば月収100万円弱。年収1千万は固かった。
ただ、二十歳そこそこの女の子が月々こんな収入を得ていれば、当然、金銭感覚が庶民のそれとは違ってくる。ストリップに限らず、風俗全般でもそのことは言えるだろう。拙者の元カノも、かなり金銭感覚が滅茶苦茶で、1万円札を千円札の感覚で使っていた。かの女の財布から飛び出してくるお札がいつも万札だったのが印象に残っている。
しかし、そんなかの女も年齢を重ね、若いピチピチしたニューフェイスが所属劇場に入ってくるたびに、ところてん式にリストラの恐怖に怯えていた。で、結局は千葉の某有名劇場から、埼玉の山奥の劇場に籍を移さざるを得なくなった。それでも、それまでに培われてきた生活感覚からは抜け切れず、相変わらずギャラを湯水の如く使う有様。生活に逼迫し、拙者に無心してくるまでになる。その後かの女とは別れ、たまにスポーツ新聞の実演案内で名前を見かけることもあったが、現在インターネットで名前を検索しても、5年以上前の香盤表が引っかかるくらいなもので、すでに廃業しているのかもしれない。
まだストリップ業界が華やかなりしころは、獣姦ショウなんかで日当数十万なんてべラボーなギャラを取ってたお姉さんもいたらしいが、今は昔の物語。昭和四十年代の、髪の毛を金髪に染めて『金髪ショウ』なんて興行がよくあったが、そうではなく、出稼ぎのコロンビア人が全国津々浦々の劇場に派遣され、本番マナ板ショウで連日お客を湧かせていた時代のかの女たちのギャラがやはり1万円とちょい。個室でプライベート本番をしても七割方は劇場に搾取されるという現代版『女工哀史』な世界の現実があった。
この外人ストリッパーのギャラと、現在の踊り子さんたちのギャラがほぼ同額というのだから、前出の沢口さんから伺った時には拙者も驚いた。たしかに観客は早朝割引でラストまで粘る年金生活者が大半を占めてる訳だから、劇場もひぃひぃ云ってるのかもしれないが、一日四ステージ。その間の休憩もパチンコショウなどがあるため、ゆっくり取れない。こんな状況で生活している踊り子さんたちはまさに肉体労働者的アーティストとでも呼べばいいのだろうか。
芸人はつくづくたいへんだ。
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